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愛に燃えるブロガーになる。

読書について

まずは、この文をじっくりと読んでください。

学問の進歩が、研究者に専門家の道を強制するのは当り前のことではないかと言うでしょうが、これを裏返してみれば、あんまり本が多過ぎるので、学者達は専門家の窮地に追い込まれて了った、という事になるでしょう。(P.60)

『読書について』(小林秀雄)から引用した文章だけど、名実ともに優れた方の名前を盾に「専門」について語ってみようかな。(だって僕は、アマチュアブブロガーだから炎上が恐いのよ。) 

それとこれから書くようなことを言わないと「専門外」のことをブログで書いていけそうにもないし。

 

1.「自分の理論どおりにならない人」の考えを反対でも批判でもなく、排除する傾向             がある。

2.自分の専門分野について言われたとき、ここぞとばかり声をあげて、「自分が正              しい」ことを表明する。

3.そして「自分の地位」を断固として守る。

 

これらがぼくが漠然と「専門家」と言われる人の考えるイメージですね。おしまい。

といいたいところだが、もちろんぼく自身もこのような態度をとっていることもある。でもね、他を知れば知るほど「自分が絶対に正しい」ということは思えなくなるのよ。もしかしたら間違っているかもなあ疑惑も当人のなか(おれはしょっちゅうだけど、何か?)で出てくる。そうなれば、温かい目で人様の意見を拝読もできるかもしれないし、その自分とは違う意見(特に門外漢の意見をバカにせず)踏まえて自分の意見をいうことだってできるような気はしている。

 

冒頭の引用文に戻るけど、本当に最近「似たような本が多い」ですよね。いやになっちゃう。繰り返し読めば確かに勉強になるし、覚えていくのかもしれない。だけど、どんどん「狭い範囲」になっていくだけのような気がするし、いつの間にか「自分の意見を確かめるだけ」に陥るとも同時に思う。こうなれば「他を知る」つもりが何も知っていないのと同じになっているだけなのでは。

つまり、自分の意見を確かめるのか、新しい知見を手に入れるのか、という二者択一があるとして前者の状況の人が非常に多く(勘だけど)、後者の人にとっては息苦しい状況を感じますね。

これだけ言っておいて何だけど、とにかく「究明」したい場合には前者ももちろん必要(専門家を否定する気は毛頭ないし、従来からの微細な差異も重要なことは分かる)だけど、上記の1、2、3のあるおかげで後者についてあんまりにもしにくい世の中だからさ、もう少し緩和(お願いだから、僕のためにもお優しくしてちょうだい)してもいいんではないかい。という願いも込めつつ、このブログについてはお手柔らかに頼みますわ。 

 

 

ひとつ忠告、物事を知っていくことで「生きづらく」なっても知らねーからな。

 

そしてリアルな読書体験へといざないます。

 

 

読書について

読書について

 

 

以上、毎月お金を払わないと広告を消せない事実に愕然としたアマチュアブロガーの憂鬱でした。

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